食べ物をうまく飲み込めなくなる嚥下障害。
飲み込みに時間がかかり、困難が生じることで、食べる楽しみが失われてしまうだけでなく、命を脅かす誤嚥性肺炎を引き起こす原因となることも少なくありません。
しかし、リハビリや食事に工夫を凝らすことで、飲み込む力を取り戻して症状の改善につながるケースも多くみられます。
今回は嚥下障害をテーマに、症状や原因、治療法などについて詳しく解説しましょう。
目次
嚥下障害とは?
「食べる」という行為は、食べ物を認識し、口に入れて、噛み、飲み込むという一連の動きで構成されており、そのなかの「飲み込む」動作に当たるのが「嚥下」です。
そして、食べ物をうまく飲み込めなくなることを「嚥下障害」といいます。
嚥下障害の症状
食べ物をうまく飲み込めなくなると、次のようなさまざまな症状がみられます。
- 食事中にむせる
- 固いものを噛んで飲み込めなくなる
- 食事の後、痰がからむ、声が枯れる
- のどや口の中に食べ物が残ってしまう
- 食事に時間がかかり、疲れる
- 食事を最後まで食べきれない
- 食べ物を口からこぼす
さらに、これらの症状が原因となり、脱水や低栄養、体重の減少、窒息など、命にかかわる場合もあるため注意が必要です。
嚥下障害の原因
嚥下障害を引き起こすのは、おもに次の3つの原因に分類されます。
1.器質的原因
「器質的原因」とは、口腔から胃までの気管の途中に、食べ物の通過を邪魔する構造上の問題があるケースです。
口内炎や扁桃炎の痛みや腫れによって飲み込みにくくなるのもそのひとつ。
また、舌や食道、喉頭などのガンが原因の場合もあります。
2.機能的原因
「機能的原因」とは、嚥下にかかわる筋肉や神経に問題があるケースです。
もっともよく知られているのは、加齢に伴う様々な要因によって嚥下障害を引き起こしてしまうケースや脳梗塞により嚥下障害が生じるケースでしょう。
また、認知症により脳の機能が衰え、その影響で嚥下障害となることも少なくありません。
さらに、パーキンソン病などの神経筋疾患なども嚥下障害の機能的原因になることがあります。
3.心因的原因
「心因的原因」とは、心因性の疾患が引き金となるケースです。
うつ病や心身症、ストレス性の疾患が嚥下障害を引き起こすケースもよくみられます。
嚥下障害は誤嚥性肺炎の原因に
嚥下障害でとくに注意したいのが誤嚥性肺炎です。
国内において、肺炎はガンや心疾患に次いで3番目に多い死因ですが、そのなかでも誤嚥性肺炎はそのほとんどを占めるといわれています。
通常、食べ物を飲み込む際に気管につながる部分は喉頭蓋が倒れこみ、声帯が閉鎖することにより流れこみにくくはなっていますが、機能していなかったり、機能するタイミングが悪かったりすると、気管へものが入り込んでしまいやすくなってしまいます。
そのため、食べ物だけでなく唾液や胃の逆流物が気管に入り込み、細菌を含むそれらが肺にまで到達してしまうことも。
その結果、誤嚥性肺炎を引き起こし、命にかかわるケースも多くみられます。
嚥下障害の検査・診断
嚥下障害かもと思ったら、できるだけ早く専門医を受診し、適切な治療につなげることが回復への第一歩です。
まずは耳鼻咽喉科の受診が必要ですが、必要に応じて神経内科や歯科、口腔外科、消化器科、リハビリテーション科などを受診することが重要です。
診察では、はじめに食事の際や普段の状態について詳しく問診します。
耳鼻咽喉科では内視鏡による検査を行います。
内視鏡で観察しながら、水分やゼリーなどを実際に嚥下していただき、嚥下の状態や誤嚥の有無などについて評価します。
その後、必要に応じてレントゲン検査を行うことにより、実際の飲み込みの様子をみて診断をおこないます。
嚥下障害の治療法
嚥下障害と診断されたら、まずはリハビリなどの訓練による治療がおこなわれます。
また、歯科での口腔内の清掃(口腔ケア)や日々の清掃(歯磨き)も重要です。
さらに、状態によっては手術による治療がおこなわれるケースも。
それぞれについて詳しく解説しましょう。
リハビリ
嚥下障害において、リハビリは非常に重要です。
日常でのリハビリや訓練によって、大きく機能を回復したという話は珍しくありません。
そのため、本人はもちろん、周囲の家族の協力体制も大切です。
一般的に、次のような間接訓練(食べ物を使わないでおこなう訓練)がおこなわれます。
とくに「下や口、頬のトレーニング」や「発声練習」、「呼吸筋のトレーニング」は家庭でもおこなえるため、食事の前の習慣にすると効果が出やすいでしょう。
舌や口、頬のトレーニング
舌をベーっと出したり、頬を膨らませたりするトレーニングは、嚥下に必要な筋力の強化につながります。
発声練習
パ行、ラ行、タ行、カ行、マ行を繰り返して発音・発声することで、嚥下の際に使う器官を鍛えることができます。
呼吸筋のトレーニング
腹式呼吸のトレーニングによって呼吸筋を鍛えることで、気管に入り込んだ食べ物や痰を強い咳で出せるようにします。
アイスマッサージ
氷水に浸した綿棒や口腔ケア用のブラシなどを使い、口の中を刺激して、嚥下反射を促します。
嚥下反射とは、食べ物を飲み込む際に気管を閉める反射のこと。
喉頭挙上筋群を鍛える
顎の下に手を当てたままで顎を下に向けたり、おでこに手を当てて、顔を前方に倒す(おでこ体操)ことで、顎の下の筋肉を鍛える方法があります。
食べ物を使用しての直接訓練
間接訓練に対して、食べ物を使ったリハビリは直接訓練といわれます。
さまざまな方法がありますが、たとえば食事の際に「飲み込んでください」などと声がけする方法。
これは普段は無意識でおこなっている動きを意識的におこなうことで、誤嚥を防ぎます。
また、食べやすいとろみのあるものと、パサついて口に残りやすいものと交互に食べる「交互嚥下」によって、口に残留物をなくし、誤嚥を減らす方法などもあります。
他にもひとくちを数回に分けて飲み込む「複数回嚥下」など、食べ方を工夫することで誤嚥の防止につながります。
手術
嚥下障害が重度になると、リハビリや訓練で機能を戻すことは難しくなるため、手術による治療が検討される場合もあります。
嚥下機能改善術
脳梗塞や神経疾患などにより、嚥下にまつわるさまざま機能が低下した場合、その機能を補うための手術です。
誤嚥をなくすのではなく、嚥下機能が低下した部分を補うことで、誤嚥をできるだけ減らすための手術であり、術後のリハビリや訓練も必要です。
誤嚥防止術
嚥下障害が高度な場合、誤嚥防止術とよばれる食道と気道を分離させる手術をおこないます。
これにより誤嚥は完全に防ぐことができますが、一般的には同時に発声機能が失われるリスクが大きいため、慎重な判断が必要です。
誤嚥を防ぐために自宅でできるケア
家庭においても次のようなケアをおこなうことで、誤嚥の防止につながります。
食事の形態に気を配る
患者本人の嚥下の現状に合わせ、食事の形態を調整しましょう。
ただ、然るべき施設で嚥下機能の評価をしてもらった上で、適切な形状を選択する必要があります。
嚥下食とよばれるような嚥下しやすく工夫された食事も最近では市販されています。
食事中の環境を整える
背筋を伸ばし、椅子に深く腰掛けるなど、正しい姿勢で食べることも大切です。
また、テレビなどを消し、食事に集中できる環境を整えましょう。
食べ物に興味を持たせ、意識して嚥下できるように食事内容だけでなく、食事中の環境も整えておきたいですね。
口腔内を清潔に保つ
食後の歯磨きや、入れ歯洗浄などによって、口の中を清潔に保つようにしましょう。
これらを怠ると、歯周病の原因となったり、重度の誤嚥性肺炎を引き起こしたりすることがあります。
睡眠中などに無意識のうちに唾液を誤嚥してしまい、誤嚥性肺炎となってしまうことが少なくなく、これを防ぐためには、できる限り口の中を清潔に保つことが重要です。
特に、食事の前後、就寝前に行う必要があります。
まとめ
嚥下障害は加齢だけでなく、さまざまな疾患が原因となる場合もあります。
食事中にむせることが多くなった、食べるのに以前よりも時間がかかるといった様子が見られるようであれば、できるだけ早く医療機関を受診し、治療をおこないましょう。
- 嚥下障害とは食べ物をうまく飲み込めなくなること
- 嚥下障害で最も効果的な治療はリハビリである
- 嚥下障害の原因は、器質的原因・機能的原因・心因的原因の3つに分けられる
リハビリや訓練は自宅でもできるものが多く、食事の前などにおこなうことで、嚥下障害を大きく回復させられるケースも少なくありません。
「食べること」は生きがいや喜びでもあり、失ってはじめてその大切さに気づくこともあります。
症状が悪化してしまう前に、意識して予防やリハビリに努めましょう。