人工内耳は高度難聴の方にとって、聴覚を得られる可能性のある唯一の方法です。
日本では1985年に人工内耳手術の第一例がおこなわれました。
その後1994年に保険適用が認められ、現在では年間1,000例を超える手術がおこなわれるほど、一般的な治療方法となっています。
とはいえ、手術後すぐに聞こえるようになるわけではなく、手術によって獲得した聞こえには個人差もあります。
また、家族のサポートやリハビリテーション(ハビリテーション)、専門機関の支援体制なども非常に重要です。
今回は人工内耳をテーマに、そのしくみや手術を含む治療の流れなどについて解説し、さらに人工内耳に関するQ&Aにお答えしましょう。
目次
人工内耳とは?
人工内耳とは「音を電気信号に変えて聴神経に伝える」装置です。
そもそも音は耳から脳へ、次のようなプロセスをたどります。
- 耳から入った音が鼓膜を揺らす
- 鼓膜の揺れが耳小骨に伝わり、内耳に音を伝える
- 内耳にある蝸牛の中のリンパ液が振動する
- 聴覚細胞が刺激されて、電気を生じる
- 電気信号が聴神経から脳に伝わり、音を認識する
高度難聴者の多くは内耳にある聴覚細胞に障害があり、聴神経や脳には問題ない場合が少なくありません。
そのため、人工内耳を使って実際の内耳の代わりに聴神経に音を電気信号として直接伝えることで、音が聞こえるようになるのです。
しかし人工内耳を通して聴神経に伝わる情報量は、正常な聴覚細胞を介する場合よりもはるかに少なく、健聴者とまったく同じように聞こえるわけではありません。
人工内耳によって聞こえるのは機械的に合成された音のため、意味を理解して言葉として認識するには、手術後のリハビリテーションや訓練などが必要です。
また、聴覚細胞に障害がある高度難聴者のすべてに人工内耳をすすめられるわけではなく、これまでの経過や難聴の程度などによっては、慎重に検討すべき場合もあります。
補聴器との違い
補聴器は拡声器のような役目を果たしている、と考えるとわかりやすいでしょう。
音を電気信号に変えて聴神経に伝える人工内耳とは異なり、音を大きく聞こえるようにする装置なので、ある程度聴力が残っている場合に補聴器は有効です。
しかし、高度の難聴の場合には、音をいくら大きくしても聞こえないため、補聴器では効果があらわれません。
人工内耳の手術を受けられる人
人工内耳の手術の適応者は、補聴器をつけても効果が得られない方です。
成人の場合は両耳ともに平均聴力レベルが90dBの高度難聴者か70dB以上90dB未満で補聴器装用下の最高明瞭度が50%以下の場合が相当します。
高度難聴の原因は先天性難聴(生まれつき耳が聞こえない)だけでなく、徐々に聞こえなくなる進行性難聴や、髄膜炎や中耳炎などと併発した内耳炎、メニエール病などさまざま。
また、小児の場合にも90dB以上の高度難聴があることが基本的な条件です。
新生児の先天性難聴では、6ヶ月~1才前後に補聴器を使った言語訓練をおこなっても発達があまりみられない場合、人工内耳手術が検討されます。
人工内耳のしくみ
人工内耳は電極などが耳に埋め込まれている体内部分と、音を集めて耳へ送る体外部分とに分かれます。
体外部分に送信部、体内部分に受信部があり、頭皮を挟んで磁石でくっつく構造となっています。
人工内耳が音を感知するしくみは次のとおり。
- 体外部分のマイクで音を集める
- 集めた音はスピーチプロセッサと呼ばれる装置で電気信号に変換する
- 信号は送信部から受信部、さらに電極へ送られる
- 信号を聴神経が脳へ伝達させ、音を感知する
このように、人工内耳は音を集めて電気信号に変える役割、つまり実際の内耳にとって代わる役割を果たします。
人工内耳治療の手順
人工内耳による治療は埋め込みの手術をすればすべて完了、というわけではありません。
検査や手術後の装置の調整、きちんと聞こえるようになるためのリハビリなど、大きく分けて次の4段階に分けられます。
1.手術前検査
人工内耳を埋め込む手術の前には、念入りな検査が必要です。
聴力や聴神経の検査、さらにCTやMRIで内耳に問題はないかなどをチェックします。
2.人工内耳の埋め込み手術
検査によって人工内耳治療に適応していると診断されたら、手術が可能です。
全身麻酔で耳の後ろ部分を5~10センチほど切開して装置を埋め込むという、比較的安全な手術で2~3時間ほどで完了します。
入院期間は2~4週間ほどで、時間とともに傷口もほとんど分からなくなります。
3.音入れ・マッピング
手術後すぐに人工内耳によって音が聞こえるようになるわけではありません。
装置の埋め込み後1~2週間経ったころにスピーチプロセッサを装着する「音入れ」をおこなうことで、ようやく人工内耳を通した聞こえを実感できます。
音入れでは、言語聴覚士によって「マッピング」とよばれる電極の刺激レベルの調整をおこないます。
スピーチプロセッサ内にある電極をどのように刺激するかという情報を「マップ」といい、ひとりひとり適正なマップは異なるため、細かい調整が必要です。
人工内耳に慣れた後にも適正なマップは変化するため、定期的にマッピングする必要があります。
4.リハビリテーション・ハビリテーション
人工内耳によって音が聞こえるようになるからといって、すぐに言葉として認識できるようになるわけではありません。
聞き取りの訓練や装置の使用方法を覚える、人工内耳に慣れるといったリハビリテーションを通して、よりよい聞こえを獲得していきます。
病院においてだけでなく普段の生活でもさまざまな音を聞いたり、おしゃべりを積極的におこなったりすることも重要なリハビリテーションです。
また、まだ言葉を獲得していない新生児難聴の場合にはハビリテーションといい、後天的な難聴者に比べて訓練に時間がかかります。
そのため、加えて手術前後の専門機関での一貫した支援体制や、療育機関(特別支援学校や児童発達支援センター)での指導、家族の粘り強いサポートなどが必要です。
人工内耳に関するQ&A
つづいて人工内耳に関する、よくある疑問にお答えしましょう。
Q1.手術の合併症や後遺症はある?
手術によるめまいやふらつきがみられる場合もありますが、だいたい1~2週間ほどで改善します。
また、手術では顔面神経のすぐ近くを削るため、まれに顔面まひがあらわれることもありますが、こちらも通常は回復するケースがほとんどです。
Q2.電磁波や磁気などの電極への影響は?
耳の中に埋め込まれている電極は、電磁波や磁気の影響を受けることがあります。
高・低周波治療器や電気刺激治療器、電気メス、MRI検査などは注意を払う必要がありますが、磁場強度の低いものではMRI撮影が可能です。
しかし、最近では簡単な手術で体内の装置を取り出すこともできるケースも増えており、必要に応じて主治医と検討することをおすすめします。
また、家庭内の電子レンジや電磁調理器、ドライヤーといった家電製品を使うぶんには問題ありません。
Q3.人工内耳の寿命は?
体内装置は半永久的に使えるようになっており、故障などがない限り、新しいものに換える必要はありません。
ただし、武道やボクシング、サッカーといった頭部に強い衝撃が加わるスポーツなどは故障の原因になる可能性があるため、避けることをおすすめします。
Q4.プールや入浴はどうする?
これまではプールや入浴の際には体外装置を外す必要がありましたが、最近では特別なカバーをつけることで完全防水となる人工内耳もあります。
まとめ
人工内耳は、その名の通り内耳の役割にとって代わるものであり、これまで補聴器では補えなかった難聴者の聞こえを大きくサポートしてくれる装置です。
日々技術開発も進み、ワイヤレス対応やスマホと連携するなどさまざまな機能を持つ人工内耳も増えています。
- 人工内耳とは内耳の代わりに聴神経に音を電気信号として直接伝える装置
- 人工内耳は入れれば聞こえるものではなくリハビリによって明瞭な音声が聞こえるようになる
- 人工内耳は一度入れれば故障しない限り半永久的に使える
しかし、人工内耳の有効性には個人差があり、根気強いリハビリテーションやハビリテーションも必要となるという点も理解しておきたいですね。