聴力に異常はないのに、日常生活で聞き取りづらさを感じることはありませんか?
その症状はもしかすると聴覚情報処理障害(APD)かもしれません。
聴覚情報処理障害は、聞こえているのに音声の聞き取りが困難である状態で、日本では未だ周知されていない病気の1つです。
今回は、聴覚情報処理障害とは何か、原因や対処法について解説します。
同じ聞こえづらさの症状が生じる難聴との違いについてもまとめましたので、ぜひ最後までご覧ください。
目次
聴覚情報処理障害(APD)とは
聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disord)とは、聴力に問題がないのにも関わらず、日常生活のさまざまな場面での聞こえづらさが起きることです。
まず、私たちが耳から音集めて、脳が音を認知するまでのメカニズムを確認しましょう。
- 外耳が音を集める
- 中耳に音が伝わると鼓膜が振動する
- 中耳内にある3つの骨(ツチ骨・鼓膜・アブミ骨)によって音が増幅
- 内耳にある蝸牛(かぎゅう)で音を電気信号に変換
- 電気信号は脳神経を伝わり脳へ
- 脳内の視床により、電気信号が音の種類を選別
- 選別された音が聴覚野に届き、音が認識される
聴覚情報処理障害の場合、外耳が音を集めてから内耳で音を電気信号に変えるところまでに異常はありません。
そのため、聴覚情報処理障害の患者さんは、耳から伝わった音を聞くことができます。
しかしながら、脳内に伝わった電気信号がどのような音なのか、処理することができないため【聞き取りにくさ】が生じてしまうのです。
つまり、聴覚情報処理障害は耳の異常ではなく、脳内にある聴覚情報を処理する部分に何らかの問題があることで発生します。
なお海外では、このような状態をAPDではなく、聞き取り困難症(LiD)という言葉で表すことが多くなってきています。
そのため、近年では日本でも聞き取り困難症/聴覚情報処理障害として(LiD/APD)と称されています。
LiDは名称が異なりますが、症状や意味は同じです。
聴覚情報処理障害(APD)の症状
聴覚情報処理障害の主な症状は次の通りです。
「APDの理解と支援」小渕千絵、原島恒夫より引用
- 聞き返しや聞き誤りが多い
- 雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい
- 口頭で言われたことは忘れてしまったり、理解しにくい
- 早口や小さな声などは聞き取りにくい
- 長い話になると注意して聞き続けるのが難しい
- 視覚情報に比べて聴覚情報の聴取や理解が困難である
これらの症状を見ると、難聴と似た症状がいくつかみられます。
難聴と違うのは聴覚情報処理障害の場合、聴力検査をしても異常がみられない※ことです。
そのため、適切な検査を行わないと、異常なしと診断されたり、難聴の1つと誤診されてしまったりすることもあります。
※聞き取り困難症(LiD)の概念としては正常聴力と軽度難聴の境界は曖昧であるため、軽度難聴例も含まれる場合があります。また、認知、言語機能との関連も検討されています。
難聴と誤診されやすい聴覚情報処理障害(APD)
聴覚情報処理障害と誤診されやすい障害の1つに難聴があります。
難聴とは、耳の外耳・内耳・聴神経のいずれかに障害が起こり、聞こえにくい状態になることです。
難聴は、異常が見られる耳の部位によって2つに分けられます。
難聴の種類 | 異常が見られる部位 |
---|---|
伝音難聴
|
外耳や内耳
|
感音難聴
|
内耳や聴神経
|
それでは、それぞれの原因や症状、聴覚情報処理障害との違いについて見ていきましょう。
伝音難聴
伝音難聴とは、外耳や内耳に炎症や外傷を負うことにより、音の振動が内耳に伝わりにくいことが原因で起きます。
- 中耳炎にかかる
- 外傷で鼓膜に傷がつく
- 耳垢が詰まっている
- 耳硬化症(内耳の骨の一部が悪くなる病気)など
伝音難聴の場合、内耳以降の機能に問題はないので、処置や外科的治療もしくは補聴器で適切な音を届けることで聞こえにくさは改善します。
感音難聴
感音難聴とは、内耳以降に何らかの問題があることで起こります。
感音難聴の原因は先天性と後天性の2つに分けられます。
- 遺伝子異常
- 胎児期の発達異常
難聴となる遺伝子は多数見つかっており、先天性の感音難聴の原因のほとんどが遺伝子異常によるものです。
そのため、難聴に対する遺伝子スクリーニング検査は、2012年以降保険適用となっています。
- 爆音など大きな刺激を受ける
- 加齢により聴神経や蝸牛の機能が老化
- 突発性難聴など
感音難聴は先天性と後天性で原因は異なります。
いずれも治療が難しく症状の重さによって、補聴器や人工内耳などで聞こえを補います。
聴覚情報処理障害(APD)と難聴の違い
聴覚情報処理障害と難聴はどちらも「聞き取りにくい」という共通した症状がありますが、耳の機能に異常があるか否かの大きな違いがあります。
難聴の場合、音を集めて脳に伝えるまでの間に、耳の器官のどこかに何らかの障害があることで「音の聞こえにくさ」を感じます。
一方で、聴覚情報処理障害は、耳の機能は正常なので音を問題なく聞くことができます。
聴覚情報処理障害は、脳内にある聴覚情報を処理する神経に何らかの障害があることで聞き取りにくさを感じるためです。
そのため、聴覚情報処理障害の場合は、聴力検査を実施しても異常は見られません。
聴覚情報処理障害(APD)の原因
聴覚情報処理障害は耳の異常ではなく、脳の特性や障害が原因で起きます。
そのため、聴覚情報処理障害の原因はさまざまです。
今回はその中から4つの原因について取り上げ、解説していきます。
- 発達障害
- 認知的な偏り(不注意・記憶力の弱さ)
- 心理的な問題
- 脳の外傷や病気
それでは1つずつ見ていきましょう。
発達障害
聴覚情報処理障害の原因のうち最も多いのは発達障害です。
発達障害とは、うまれつきの脳の認知機能の発達の偏りによる障害です。
幼児期から得意・不得意が顕著に現れたり、他人の気持ちを理解するのが苦手だったりする特徴が見られます。
発達障害を持つ人の多くは、耳からの情報に弱い傾向があります。
- 雑音の中で人の話を聞き取れない
- 聞き間違いが多い
- メモを取るのが苦手
- 話が長くなると理解できない
このことから、発達障害を持つ人は、聴覚処理障害(APD)も生じやすいと言われています。
また、小児においても
- 授業中に先生の話が聞き取りにくい
- 友達が話しかけてきても、内容を理解しにくい
- 家族からの問いかけに返事がない、変な答えをする、聞き返しが多い
などがあり、同様に神経発達症(NDD)の関連がうたがわれています。
なお大人になってから発達障害を指摘され、同時に聴覚情報処理障害も診断される方もいますが、これは大人になってから障害が生じたということではありません。
子どものうちに発達障害を見逃された人が、大人になって診断されたというのが正しい理解です。
認知的な偏り(不注意・記憶力の弱さ)
発達障害には該当しないけれども、不注意や記憶力の弱さなど脳の認知的な偏りが原因で聴覚情報処理障害(APD)が生じていることもあります。
私たちが会話を聞き取るときには、次の2つの行動を繰り返す必要があります。
- 相手の話に注意を傾ける
- 話の内容を理解しながら記憶を更新していく
つまり人の話を聞くには、注意力と記憶力が必要不可欠なのです。
注意力または記憶力のどちらか一つでも弱さがあると「聞き取りづらい」という症状が生じます。
心理的な問題
聴覚情報処理障害(APD)は脳の障害や特性だけでなく、過度な不安やストレスによって生じることもあります。
不安やストレスは、話を聞く時に必要な認知機能の1つである注意力を阻害します。
その結果、相手の話に注意を向けることができなくなり、聞き取りづらさを感じてしまうのです。
しかし不安やストレスなどの心理的な問題による聴覚情報処理障害(APD)の発症は、後天的なもので、それらの原因を取り除くまたは和らげることで、症状は改善していきます。
現在、不安やストレスが原因の聴覚情報処理障害の患者数は少ないです。
しかし、新型コロナウイルス蔓延による社会不安から、心理的な問題で聴覚情報処理障害を発症する人は今後ますます増えていくことが予想されます。
脳の外傷や病気
脳出血や脳梗塞の影響で、耳から脳に伝わる片側の中枢聴覚神経系の途中で何らかのダメージを受けた場合、「聞こえるけれども言葉を聞き取れない」という症状が生じます。
片側の中枢神経系に障害を負っているというのが大きなポイントです。
もし、両耳の中枢聴覚神経系に障害を負うと、人の言葉が外国語のように聞こえて、まったく認識できない「語聾(ごろう)」という症状が表れます。
片側の中枢神経系に障害を負うと、両耳から得られる情報のバランスが偏り「聞き取りにくさ」を感じます。
脳の外傷や病気による聴覚情報処理障害(APD)の場合、聴力検査では異常が見られません。
しかし、両耳に違う言葉を聞かせて両方とも聞き取れるかという「両耳分離聴検査」をおこなうと脳のダメージを受けた反対側の耳で明確に聞き取れない言葉が出てきます。
この検査をすることにより、聴覚情報処理障害(APD)がわかります。
聴覚情報処理障害(APD)の診断
海外の研究データによると聴覚情報処理障害の子どもの出現率は7%とするデータや、学童期では2~3%の子どもが聴覚情報処理障害の症状を訴えている、というデータが報告されています。
しかしながら、これはあくまでも海外で聴覚情報処理障害と認識されている子どもの割合です。
日本では未だ聴覚情報処理障害の認知度が低く、患者数も未知数となっています。
そのため、国内での判断基準が決まっていません。
また、聴覚情報処理障害は耳の異常が原因で起こるのではなく、脳や中枢神経の障害によって起こります。
- 脳機能の障害
- 発達障害
- 心理的要因など
あらゆる原因が考えられるので、聴覚情報処理障害を診断しにくいのが現状です。
そのため今のところ、次の2つに当てはまった場合に聴覚情報処理障害と診断されます。
- 通常の聴力検査は正常
- 聴覚情報処理障害(APD)の聞き取り検査で一定の基準から外れる
聞き取りにくさを感じたときに、まず耳鼻科を受診するかと思いますが、診察を担当した医師が聴覚情報処理障害(APD)を知らないこともあります。
聴覚情報処理障害(APD)は2018年にNHKで取り上げられたことにより、注目を集めましたがまだ一般的に知られていないのです。
聞き取りにくさを感じたらまず耳鼻咽喉科へ
聞き取りにくさを感じたら、まずは最寄りの耳鼻咽喉科へ受診しましょう。
聞こえづらさの症状が出る病気や障害はさまざまで、聴覚情報処理障害(APD)でない可能性もあるためです。
とくに難聴と聴覚情報処理障害(APD)の症状は似ているので、耳鼻科で聴力検査をしてもらい、耳の異常がないか確認しましょう。
もし、耳鼻科で聴力に問題ないと診断され、それでも症状が改善されない場合は聴覚情報処理障害(APD)を疑い、セカンドオピニオンするのも一つの方法です。
聴覚情報処理障害(APD)チェックリスト
聴覚情報処理障害は日本で未だ周知されていない症状なので、耳鼻科の医師であっても知らないことがあります。
そうすると、耳鼻科で聴力に問題ないと診断された場合、そこで診察が終わってしまうこともあるのです。
そのときは、セカンドオピニオンをすべきなのですが、聞こえづらさの正体がわからないまま、日常生活を送るのは辛いものです。
不安な方は、チェックリストで聴覚情報処理障害の傾向があるか調べてみましょう。
こちらは、フィッシャーの聴覚情報処理チェックリストと呼ばれるもので、聴覚情報処理障害専門の病院では予備問診として使用されています。
このチェックリストで聴覚情報処理障害の傾向が強いと結果が出た場合は、このチェックリストを持って、セカンドオピニオンをすると診察がスムーズに進むでしょう。
聴覚情報処理障害(APD)の患者さんが抱える問題
先ほどもお話ししましたが、日本では未だ聴覚情報処理障害が知られていないのが現状です。
そのため、聴覚情報処理障害を持つ本人が「聞き取りにくさ」の正体を知ることができず、日常生活で大きなストレスを抱えてしまいがちです。
- 周りの会話聞き取れず強い疎外感を覚える
- 聞き取れないこと=自分の能力がないと感じてしまう
- 聞き取れないことを周りに指摘されないか不安
- 聞き取れないことで新しいことに挑戦できない
また、周りも聴力に異常がないのに聞き取れない状態を理解できないため、「説明しても理解できない人」と捉え、聴覚情報処理障害の人を責めてしまうこともあります。
聴覚情報処理障害の患者さんは、聞こえづらい自分を責めさらに周りからも責められることで居場所を失くし、うつ病などの精神疾患を患う二次障害を負ってしまう恐れもあります。
聴覚処理障害(APD)の対処法
残念ながら、今のところ聴覚情報処理障害の医学的な治療法は見つかっていません。
しかし、聴覚情報処理障害の「聞こえづらさ」を改善するための対処法はいくつかあり、それらを実践することで症状の軽減や改善が期待できます。
ここからは、聴覚情報処理障害の対処法を4つご紹介します。
- 環境調整
- 補助手段の利用
- 聴覚トレーニング
- 心理的な支援
それでは1つずつ見ていきましょう。
環境調整
聴覚情報処理障害の対処法の中で、環境調整は重要です。
聴覚情報処理障害(APD)の方は、原因が違っても雑音の中では症状が悪化します。
雑音がなければ聞き取れる人も多いので、雑音を減らす工夫をしましょう。
日常生活では、生活音を減少するために椅子やテーブルにカバーを付けたり、家族と話す時はテレビやラジオを消したりすることで雑音を抑えることができます。
また、会社や学校などでは、周りの人に「聞こえにくい」ということを理解してもらい、出来る限り協力をお願いすることも大切です。
ネットで見るとコアラくんマークというのがあるようで、それを利用するのも一つかもしれません(https://apd-mark.com)
- 大切な話をするときは、静かな所に移動する
- ゆっくりと大きな声で話してもらう
- 繰り返して言ってもらう
- 話しかけるときは、肩をたたいてもらう
聴覚情報処理障害の方が職場や学校にいる場合は、上記の対応を心がけ、お互いが気持ちよく過ごせるようにしましょう。
聴覚トレーニング
聴覚情報処理障害(APD)は、「聞き取り」の訓練をすることで症状の改善が期待できます。
聞き取りの訓練は様々ですが、最も効果的なのは、人と会話することです。
聴覚情報処理障害(APD)の方の中には、「聞き取りづらさ」を周りに気づかれるのを恐れて、会話を避けてしまう人もいますが、それは間違いです。
なぜなら人との会話を避けることで、トレーニングの機会を失い、症状の悪化を招いてしまうからです。
聞き取りづらさにより、辛い経験をした方も多いかと思いますが、そのままでは何も変わりません。
勇気を出して積極的に人とコミュニケーションを取ることをおすすめします。
補助手段の利用
日常の聞き取りにくさをサポートする補助手段を利用するのも1つの方法です。
たとえば、周りの雑音で、会話の内容が聞き取りづらい場合、音声を認識し文字変換するアプリを利用します。
聞き取れなかった部分が文字となって表示されるので、理解できなかった部分を聞き返すことなく確認できます。
複数人で会話をやり取りする、会議の場合は1人1人の音声が聞き取りにくいこともあるので、ボイスレコーダーの利用がおすすめです。
また最近の補聴器は、雑音を取り除く機能が付いているため、耳に異常がなくても補聴器をつけることで、聞き取りにくさが改善されることもあります。
心理的な支援
ストレスや不安などの心理的な問題により、脳の認知機能が低下し聞き取りづらさが生じることがあります。
ストレスや不安が原因の場合、カウンセリングなど心理的な支援で、聴覚処理障害(APD)の症状を改善することができます。
聴覚情報処理障害のよくある質問とその回答
聴覚情報処理障害に関するよくある質問とその回答を院長にお答えいただきました。
聴覚情報処理障害はトレーニングによって改善しますか?
改善したという報告は認めますが、明らかなエビデンスは確立されていません。
聴覚情報処理障害は年齢とともに悪化したり、改善したりしますか?
加齢と共に聴力が悪化していくという意味において、悪化することは予想されます。
まとめ
聴覚情報処理障害は「聴覚」という言葉が含まれているので、耳の異常による症状だと思われがちですがそれは間違いです。
脳の音を認知する機能に何らかの問題が生じることで聞き取りにくさの症状が表れます。
残念ながら、今の医学では聴覚情報処理障害の根本的治療は見つかっていません。
しかしながら、補聴器などの道具を使ったり、トレーニングをしたり、周りの人に協力してもらったりすることで、症状の軽減や改善を図ることができます。
- 聴覚情報処理障害の原因の1つに発達障害がある
- 不安やストレスで聴覚情報処理障害の症状が出ることもある
- 聴覚情報処理障害の根本的治療法はない
- 聴覚情報処理障害は適切に対処することによって症状を改善・軽減することができる
NHKが聴覚情報処理障害を番組で取り上げたことで、日本でも聴覚情報処理障害が周知されつつあります。
しかしながら、耳鼻科医であっても聴覚情報処理障害を理解している医師は少なく、APDの専門病院も全国にまだ数えるほどしかありません。
もしかするとあなたの周りにも診断がされていないだけで、聴覚情報処理障害の症状を抱えながら生活している人がいるかもしれません。
聴覚情報処理障害の症状を訴える人が周りにいたときに、適切な配慮ができるよう、準備しておくとよいでしょう。
福岡県東区名島にお住まいで、聞き取りにくさでお悩みの方は、あだち耳鼻咽喉科へご相談ください。
あだち耳鼻咽喉科では、耳の機能に異常がないかの難聴検査や聴覚情報処理障害の問診や簡単な検査が可能です。
別の病院で異常なしと言われても、聴覚情報処理障害や別の疾患が見つかることもありますので、我慢せずにご相談ください。
